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教育勅語って

私は、私たちの祖先が、遠大な理想のもとに、道義国家の実現をめざして、日本の国をお始めになったものと信じます。そして、国民は忠孝両全の道を全うして、全国民が心を合わせて努力した結果、今日に至るまで、見事な成果をあげてまいりましたことは、もとより日本のすぐれた国柄の賜物といわねばなりませんが、私は教育の基本もまた、道義立国の達成にあると信じます。

国民のみなさんは、子は親に孝養をつくし、兄弟、姉妹はたがいに力を合わせて助け合い、夫婦は仲むつまじく解けあい、友人は胸襟を開いてしんじあい、そして自分の言動をつつしみ、すべての人々に愛の手をさしのべ、学問を怠らず、職業に専念し、知識を養い、人格をみがき、さらに進んで、社会公共のために貢献し、また法律や、秩序を守ることは勿論のこと、非常事態の発生の場合は、真心をささげて、国の平和と、安全に奉仕しなければなりません。そして、これらのことは、善良な国民としての当然のつとめであるばかりでなく、また、私たちの祖先が、今日まで身をもって示し残された伝統的美風を、更にいっそうあきらかにすることでもあります。

このような国民の歩むべき道は、祖先の教訓として、私達子孫の守らなければならないところであると共に、このおしえば、昔も今も変わらぬ正しい道であり、また日本ばかりでなく、外国へ行っても、まちがいのない道でありますから、私もまた国民の皆様とともに、父祖の教えを胸に抱いて、立派な日本人となるように、心から念願するものであります。


・・・・・・ (教育勅語 国民道徳協会訳)

明治23年に世に出された教育勅語の現代語訳です。
当時は西洋文化が入ってきて道徳の混乱があり、これではいかんと教育の重要さに気が付き作られたものだとのこと。

この歳になるまで意味を考えたことがないのが恥ずかしいが、今でも立派に通用する、いや、今こそ有意義な勅語じゃないか。

明治天皇は自分も立派な日本人になるべく努力すると宣言している。

当時の子供たちは意味も分からず暗唱していたという。やがて長ずるにつれて意味を理解したろう。

立派なバイブルです。やっぱり日本国は凄いぜ!!
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事情があって暫くお休みしていました。

PCが突然ダウンしたのです。どうやっても立ち上がらなくなりギブアップです。
メーカーのサポートに電話して調べてもらうと、結論はHDDのクラッシュでした。

修理すると5万円+。取り換えたHDDにXPをインストールするのでしょうから、各種設定やデータは全て白紙になるはず。データーのリカバリーは2万円とのこと。合計7万円強です。

前回のHDDクラッシュで懲りたので重要なデーターは外付けのHDDに入れているから最悪は免れている。

ともかく今更お金をかけてもうすぐサポートが終わるXPでもあるまい。

無い知識を総動員して考えた結果、この際WIN7よりは8のPCを購入することに決定。
さて、どれを・・・。量販店で選ぶ方法もあるが、メーカーの直販サイトが賢明と判断して、某外国メーカーと某日本メーカーの両方を検討したが、あっさり勝負がついた。なんといっても日本メーカーの親切さが決定打。

ウインドウズ8はインターフェイスが一変しているので迷路です。それでも2日程迷いながら何とか使えるようになったところで「WIN8.1」へのバージョンアップの連絡。

PCを使うどころか「使われる」日々。

ナニ!! 今度は無線LANのプリンターが繋がらない!!

考えることを諦めてプリンターメーカーのサポートに電話。何と親切なんだろう。複雑な設定手続をスタスタと案内してくれて15分で完了。

やっぱり日本のメーカーは親切です。どこかの国のように「教えてやる」という感じがない。

スマホも国産に変えたが、とことん親切だった。これもキャリアの料金の内なんだ。払うものを払わないでサービスを要求するのは無理というもの。

年寄は国に貢献できることは少ないが、国産品を買うことも貢献の一つなんだと一人で納得している。

さて、、、、
そうこうしている間に、朱建永の拉致とか、16日の産経新聞の慰安婦問題のスクープ記事など書きたいことはいくつかあった。
今更私が何かを言ったところでどうにもならないが。



ほころび始めた反日教育

日本の国籍を取得した中国の学者。石平氏が面白い。
かつてTVで「私は中国の体制と戦い絶望して日本に移り住んだが、また日本で中国と戦う羽目になった」旨のことを言っていた。当然中国のことを熟知しており、それなりの情報ルートもあるのだろうから他の人と一寸違う見方をしている。

氏は北京大学哲学科在学中から中国民主化運動に力を注ぎ、卒業後に日本に留学。 天安門事件が祖国中華人民共和国に「精神的決別」を告げるきっかけとなったと言う。
現在は拓殖大学客員教授で妻は日本人。

彼が8月15日の産経新聞に掲載したコラム(チャイナウオッチ)が面白いので、以下全文を紹介する。

 先月14日、中国中央テレビは日本での現地取材を内容とする報道番組を放送した。いわゆる「歴史認識問題」がテーマである。中央テレビ局といえば、中国における反日教育と反日宣伝の中心的な存在である。この報道番組も当然、宣伝目的で作られたものだ。日本取材の中、中国人記者は街を歩く中学生たちをつかまえて、「日中戦争中に多くの中国人が死んだことを知っていますか」「南京大虐殺を知っていますか」などの質問を投げかけた。

 とっさのことで中学生たちが「知らない」と答えると、番組の解説者はすかさず「なるほど、日本の歴史教科書は歴史を改竄(かいざん)して子供たちに侵略の歴史を教えていないから、こうなったのですね」と、日本の歴史教育への批判を繰り広げた。

 中国では昔から、この手の反日報道が日常的に行われ、それなりの効果を上げている。今回も同じ繰り返しかと思えば、多くの視聴者から上がってきたのは意外な反応だった。人民日報社が開設するミニブログ「微博」専用ページには次のようなコメントがずらりと並んでいる。

 「中国人民は皆知っている。よく嘘をつくメディアは人民日報、よく捏造(ねつぞう)する教科書は中国の教科書だ。お前らこそ、毎日のように中国人民をだましているのではないか」

 「文革以来、一体誰が多くの中国人民を惨殺してきたのか。日本人ではないぞ」

 「自国の歴史さえ正視できないこの国が他国に正しい歴史認識を求めることができるのか。嘘ばかりをつくこの政府は、他人に真実を語れと要求できるのか」

 などなどと現在もこのような辛辣(しんらつ)なコメントが書き込まれ続けている。

 こうしてみると、政府の行う反日宣伝は完全に裏目に出ていることが分かる。「日本の教科書が真実を教えない」と批判すれば、「中国の教科書こそ嘘ばかりではないのか」との反論が返ってくるし、「南京大虐殺が忘れられた」と騒げば、「お前らこそ多くの中国人民を殺したのではないか」と突っ込まれる。反日宣伝をやった分、それはすべて、政府自身に返ってくるのである。

 8月に入ると、今度は「網易」という民間サイトが「日本の歴史教科書と中国の歴史教科書、どちらの方が嘘をついているのか」というネット上の討論を開始し、一般ユーザーにも意見を求めた。その結果、「日本の教科書の方が嘘をついている」と答えた回答者数が2730人であったのに対し、「中国の教科書の方が嘘つきだ」と答えたのはその数倍以上の8949人に上ったのである。

 ここまでくると、中国政府が長年やってきた反日教育が破綻し始めていることは一目瞭然である。丹念に行った日本批判のすべてが政府批判展開のきっかけを作ったのにすぎないのであれば、「それでは一体何のための反日だったのか」と、政府の宣伝担当者はさぞかし落胆しているのではないか。

 それどころか、御用宣伝機関筆頭の中央テレビ局や政府発行の歴史教科書までもが多くの中国人民に「嘘つき」だと認定されているようでは、反日教育を含めた、政権が行う思想教育・統制、それ自体がすでに失効していることがよく分かる。

 インターネットが発達する情報化の時代、市場経済の中で多くの人々が自立的な生活基盤を得て自由な思考を始めた「啓蒙(けいもう)の時代」、共産党政権が国民大半の頭と心をコントロール下におくことはもはやできなくなっている。

 国民規模の「思想解放運動」はただ今展開している最中だ。思想の統制が崩壊した暁には、政治の統制が後どれくらい維持できるのか。それこそが、まさに今後の「見どころ」なのである。


と、まあ彼独自の視点で中国の体制を批判している。

今更こんな話題を取り上げるのも興ざめだが、同胞の中にも日本は悪い国だと言い続ける変な連中がいるのも事実。
どうして自分の国を悪く言って、貶めるのか理解不能である。

その中に従軍慰安婦の罪と言われるものがある。
ばっかじゃなかろか。あの時代は売春は合法だったのだ。
どこかの国はキーセン外交とか言って、主要な外貨獲得の手段として自認していたじゃないか。忘れたのか忘れたいのか。

ヴァンダービルト大学 日米研究協力センター所長のジェームス・E・アワー氏が産経新聞に寄稿している。

「慰安婦は韓国だけにあらず」と、(以下引用)
1998年に日本の小渕恵三首相と韓国の金大中大統領(いずれも当時)が、過去の問題に終止符を打って前に進むという合意をして共同声明を発表したときとは、彼らの意見が明らかに様変わりしたのはなぜかと問うた。

 会った韓国人たちの大半が、自分たちの姿勢は98年から変わってはいないと主張し、そうではなくて、現在の自分たちの態度は、慰安婦問題や安倍政権の高官たちによる靖国神社参拝、そして竹島に対する日本の立場といった、歴史問題に対する日本人の無神経さのせいなのだ、と答えた。
(中略)
この時代の日本では売春は合法であり、占領期の日本でも性サービスは米軍に提供されていた。起きたことは正しかったとする事実ではなく、当時の規範が現在のものとは遥(はる)かに異なっていたということを示す事実である。

日本政府高官たちが靖国神社に参拝することに関しては、日本の指導者たちは、一部が神社にその名を列せられているA級戦犯をたたえるために行くのではなく、ましてや、日本として他の国々に謝罪した行為をたたえるために行くのではない、と私は言った。それよりも、中国政府がするような外国からの些細(ささい)な国内批判さえ忌み嫌う国が、国家に尽くして死んだ日本の兵士たちに敬意を表す神社に日本の政治家が参拝するのを批判することは大いなる矛盾のように思う、と私は話した。


「靖国とアーリントンは同じ」との行では。

米バージニア州にあるアーリントン国立墓地は、米大統領や、日本や韓国を含む多くの外国の指導者たちが訪れる。埋葬されている兵士の中には南北戦争中、奴隷制を支持する南部のために戦った者がいるにもかかわらず、である。今日、先進的な世界の大方で奴隷制は容認されていないが、それを信奉した南軍の兵士たちは墓地から排除しなければならない、と要求する者は誰もいない。

そして「日清、日露の韓国への貢献」の行では。

これは日本人が決して口にしないことだが、日本が清国と戦って1895年に同国を打ち負かし、ロシアと戦争して1905年に同国を破ったのは同じ理由からだったということは、韓国人にとって一考に値するだろう、と私は思うのだ。日本は反韓国ではなかったが、韓国が清国に支配されることを、あるいはロシアに支配されることを恐れたのである。

 もし清国が最初の戦争に勝っていたら、韓国は現在、中国の植民地になっているかもしれないし、もしロシアが次の戦争に勝っていたら、韓国はロシアの植民地になっているかもしれない。日本の勝利はとどのつまり、韓国を自由市場経済の民主主義国という今日の地位へ導いたのである。


記事全文は下記を読んでいただくとして、極めて冷静な意見と思える。
http://sankei.jp.msn.com/world/news/130726/kor13072603210001-n4.htm

支那が尖閣諸島や南沙諸島を図々しく支配しようとしている時に、沖縄の人たち(一部)は米軍基地を排除せよと言う。更に一部は「独立」したいと言い張る。

沖縄は本土の異常な活動家に掻き回され、偏った地元新聞に影響されている。正に今こそ彼らが被害者に思える。

韓国は何時までも恨みを忘れない。忘れないだけでなく「何かを得よう」とするのはなぜなんだろうか?
過去の怨みを忘れずに将来を考えるなら、、、
日本は原爆も空襲も忘れずにアメリカに何かを要求し続けるべきなんだろうか??
フランスはドイツに対してどれだけの怨みをいえばいいのか??
世界の歴史は歴史として認識するべきだが、現在と将来を語るときに「恨み」が最初では何も解決は生まれないだろう。

いい加減にして欲しい。

富士山の世界遺産

富士山の世界遺産認定が話題になっている。

誰もが目出度いと喜んでいる。特にマスコミは世界遺産の何たるかを説明せずにまるでノーベル賞受賞のような喜びかただ。

かつてバイクで一人旅をしていたときに白神山地に行った。目的もなく行ったら白神山地だったというだけだ。
何だか監視が厳しく、「ここからはコアエリアだ」とか、「ここまではどうだこうだ・・」と地図が書いてあるパンフレットが喫茶店にあった。
やたらに勿体をつけているような違和感を感じたものだ。

自分はキャンプもするし(したし)、もちろんゴミは捨てないし、当たり前の行動しかしないが「ここからは入るな」と言われると「何なんだ。私有地でもないのに何の権利があって大人しく自然を楽しむ人達を排除するんだ」と腹が立ったことを覚えている。自然遺産って何だんだ?という疑問が残った。

後日、年季の入った山男の友人にこのことを話したら常識のない観光客を排除することで本当に自然を楽しむ人たちも排除されている。何のための自然遺産か分からないと言っていた。

ある時友人と山陰に行った帰りに、折角だから白川郷の合掌造り集落に寄ろうと言うことになり立ち寄った。
アリキタリの土産物屋が並んでつまらないものを売っている。
合掌造りよりも土産物屋が多い。
何も買うものがないのでトイレに行ったが、そこには「ここにはゴミ箱はありません。自然遺産ですからゴミは持ち帰ってください」との張り紙。
これを見て頭に血が上った。自然遺産を良いことに土産物業者が群がってゴミみたいな土産物を売っているくせに、何が自然遺産だ!!

知床も多分同じだろう。

要は観光業者のための自然遺産認定じゃないかと思うのだ。

TVでは、、「自然遺産認定で観光客が増えればいい・・」ってことくらいしか言わない。
そして、、「観光客が増えれば自然が荒らされるので、自然を守るためにどうのこうの・・・」と続く。

はっきり言わせてもらおう!

富士山はユネスコがどう言おうと日本人の象徴風景だし、神様の住む山なんだ!!
あえて外国に認めてもらわなくってもいいのだ!!

観光だ、土産物だ、入残料だと騒がずに、そっと静かに大切にすることができないのかね。

自分は富士山を見るたびに手を合せる。それが日本人の富士山なんだ。

プロフィール

タクランケ

Author:タクランケ
つれづれなるまゝに、日ぐらし硯に向かひて、心にうつりゆくよしなしごとをそこはかとなく書き付くれば、あやしうこそ物狂ほしけれ。

ひとのすなるブログなるものを我もせんと、、気になることを文章にして自分の頭を整理するつもりで始めてみました。

年寄りの愚痴と独り言です。どうぞ読み流してください。

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